心中ペンギン

アイドルという概念と死の話が好きなオタクです。好きなもののこと、考えたことなどを書きます。

アイドルとプロデューサーの理想像

天空橋朋花を好きな理由に、「プロデューサーを子豚ちゃんとして見ない」というところがある。
最初はなんとなくそうかな、という勘のようなものだったのだが、わたしが読める全てのコミュやセリフを見たところおそらくその認識で良いようだった。SRカードの覚醒セリフでは「プロデューサーさんは子豚ちゃんではない」とはっきりそう言っていた。その考えをわたしはすごく気に入ったし、なんなら「プロデューサー=子豚ちゃんではないキャラクターであってくれ」とまで思っていたかもしれない。愛すべきファンとプロデューサーの間には、境界線があってほしいと思う。プロデューサーがファンと同じ扱いを受けるのはファンがかわいそうだと思うし、プロデューサーという立場としても嫌なのだ。


アイドルは時にはファンに嘘をつかなければいけないし、仮面をつけてステージに立つ必要がある。気弱な子がファンの前では元気なアイドルとして立っていいし、努力した事を知らせなくてもいい。アイドルは見せたい自分を選んでいい職業だと思う。
アイドルは、売り物にする自分の姿を選択する。だからこそ、ファンではなくプロデューサーとしてアイドルと向き合う時、わたしはファンに見せないところも見せてほしいと思う。弱い姿とか、努力をする姿とか、アイドルとしてではなく、人間としての彼、彼女を見たい。わたしといる時には、偶像でも神様でもない、「人」としてそこに存在してほしいと思うのだ。そう思うのはわたしのわがままかもしれないし、もちろんそこに優越感とかそういう不純な気持ちがないと言えば嘘になる。ダメなプロデューサーだな。



わたしの担当アイドルの話をしよう。伊集院北斗、彼はファンをエンジェルちゃん・エンジェルくんと呼ぶ。わたしは彼にも「プロデューサーをエンジェルちゃん(くん)として見ないでほしい」と思っている。

わたしの大好きなセリフに「プロデューサーには弱い部分も見せられるんです。」というものがある。伊集院北斗がプロデューサーもエンジェルちゃんとして分類していたら、絶対にありえないセリフだと思うのだ。伊集院北斗はエンジェルちゃんたちに決して自分の弱い部分を見せようとしないから。エンジェルちゃんたちの前では、完璧な伊集院北斗、彼女らに求められる伊集院北斗であろうとするだろう。その裏で誰にも知られず、努力をする。そんな人だ。だからわたしは、エンジェルちゃんとして見られたくないし、見て欲しくない。プロデューサーはアイドルに無条件に愛される存在じゃなくていい。
プロデューサーの前で、ただの伊集院北斗であってほしいと思う。「プロデューサー。俺の前では、どんな仮面も外してくださいね。」と言うなら、わたしもその言葉を北斗に返したい。

これはわたしが「こうありたい」と思う伊集院北斗とプロデューサーの理想像なので、自分はプロデューサーでありエンジェルちゃんだというプロデューサーさんももちろんいていいし、人それぞれいろんなアイドルとプロデューサーの形があるのがこのコンテンツの面白いところだと思う。


もしも公式で伊集院北斗がプロデューサーを「エンジェルちゃん」と呼んだら、それはそう受け入れるしかなくなるのだけど。でもそれまでは、わたしはエンジェルちゃん・エンジェルくんという枠ではない「運命の人」として伊集院北斗の中にいたいなあ。